Get Over 6

(パターンA)




柳は真田に電話した後、再び何処かに電話をかけた。

数回の発信音のあとに声が響く。

一瞬、柳は声を失った。

『もしもし、先輩?』

少し心配する後輩の声。

柳は深呼吸をすると、電話に出る。

「突然ですまない、赤也。話がある。今から会えないか?」

電話の向こうで赤也が考え込んでいるのが分かる。

『いいっすよ。先輩、今何処ですか?』

「お前の近所にある、元テニスコートがあった所だ」

赤也が絶句しているのが分かった。

二人にとって、深い特別な場所でもある。

特に、赤也にとっては。

『…わかったっス』

そこで電話はプツッと切れた。

柳はその近くにあるベンチに腰掛けていた。

この場所から
赤也と柳の関係がおかしくなった。

好きだと言った赤也。

否定も肯定もしなかった柳。

――俺には弦一郎がいる――

そう、一言だけいった。

そこでハッキリと言っていれば
こんなことにはならなかったのかもしれない。

今、柳に分かるのは――弱かったから。

柳自身が弱かった結果、こうなった。

真田も赤也も失いたくはなかった。

好きとか嫌い≠ニか、そんな感情のもつれで片方を失うのが怖かった。


「柳先輩…」

まどろみの中に埋まっていた柳を赤也は現実へと引き戻した。

少し、元気がない。柳はそう、思ったが、当たり前だな。と小さく苦笑する。

「赤也すまない。呼び出して…」


柳はそういうと、ベンチから立ち上がった。

柳は何かを決意した表情を浮かべていた。


「先輩話って…」

決意に満ちた柳の表情を見て、赤也もまた、緊張をしていた。

普通の話なら、こんな場所には呼ばない。

二人にとってはいわく付きの場所なのだから。

「赤也すまない。一年前、ちゃんと俺が返事をしていればこんなことにはならなかった」

一年前
、赤也がこの場所で柳に告白した。


――赤也…
俺には弦一郎がいる…――


「そんなの
関係ない。俺はただ柳先輩が好きだから」

切原赤也はそういった。


真田弦一郎に敵わないと分かっていた赤也はそれでも欲しいと思った。


一つでもいい。真田に勝ちたいと、思っていた。

テニスでもまだ、追いつけない。

大好きな先輩の後ろ姿を追うだけ。

先輩謝るのは俺の方っスよ。先輩に酷いことしたのに」

柳は胸の傷をそっと、触れる。

痛みは不思議となかった。

「この傷は俺の罪なんだ…」

柳は遠くを見つめた。空はもう黒く染まり出している。

二人を包むのは、少し肌寒く感じる風だけ。

「赤也、俺はお前の気持ちには答えられない俺には弦一郎が全てだ…」

ふわっ

赤也が柳を包む。

柳が少し戸惑う。

「赤也?」

「先輩。俺、先輩が副部長を好きだってことも、恋人同士だってことも知ってる。
今でも柳先輩が好きでたまらない。でもそんな好きな先輩を傷つけた自分自身が今は許せない」

風が吹くたびに、雑草の音が静かに二人の耳に落ちる。

赤也が身体を引き、柳と向き合った。

「だから今はそんな自分を鍛えるっス。
いつか俺が先輩を越えて、真田副部長も越えて、
俺が大きくなったときその時また俺の気持ち伝えていいっスか…」

赤也は微かに笑みを浮かべていた。柳は笑顔でそれを返した。

「あぁ」

しばらく、無言のままだったが、赤也が急に声を出した。

「そういえば、真田副部長って明日帰ってくるんでしょ?やっぱり向かえに行くんすか」

一瞬で無邪気な子供のような笑顔を浮かべる。

「お前と一緒に
迎えに行くとしよう」

そう言われた赤也がさらに喜んだのは言うまでもない。


翌日。

赤也と柳は学校の最寄の駅にいた。

改札口に立ち、人だかりが来るとそれを見、いなくなると時計を見る。

そして、一際大きい人物を見つけると、赤也は手を振った。

「真田副部長!」

「弦一郎!」

「待たせたな。さぁ、いくぞ」


真田は挨拶もそこそこにして、学校に向かう。まだ、部活中である。

「真田副部長」

前を歩く真田を赤也は不意に名を呼んだ。

真田は何だ?といいつつ不思議そうに振り向いた。

「副部長。俺柳先輩を抱こうとしたっスよ」

真田の表情が険しくなった。

真田の隣にいた柳の表情も険しくなった。

半分は赤也を心配して。

柳≠ニ聞いてなおさらだった。真田の拳はカタカタと震えていた。

「副部長がいないのをいいことに俺は柳先輩を傷つけた」

パシン

赤也の身体が地面に転がった。

「やめろっ、弦一郎!」

駅の構内にも関わらず、真田は怒りに任せて赤也を殴った。

そこにいた人の注目の的になった。

柳は真田の腕を掴む。

「蓮ニ、本当なのか?」

真田の視線が柳に突き刺さる。その痛さにうつむく。

「本当だ…」

まだ、真田の拳はカタカタと震えている。

柳をも殴ろうとしたのか、一瞬、あげかけた手をそのまま、空を掴むように戻した。

「赤也、蓮ニ、行くぞ」

静かにより一層、低い声でそう、言った真田は振り向かずに、歩き出した。





教員室で挨拶を済ませた真田は、しばらくすると部に顔を出した。

終始、赤也と柳と真田の三人が言葉を交わさない。

その三人の間の空気を読み取った仁王が席を立つ。

「真田、俺たちはちょっと用があるから、失礼するよ」

赤也と柳と真田を残して、他のメンバーは仁王によって、部屋から追い出された。




「弦一郎」

柳は声をかけた。真田はさっきから、何も言わない。

「…」

真田は黙ったまま。

「副部長…俺が
悪いっス。自分を抑えられなかった」

赤也がすかさず、真田に詰め寄る。

「赤也、お前が蓮ニに好意を抱き、抱きたいという気持ちはわかる。
だが、蓮ニを苦しめたことに対しては怒りさえ感じる…」

真田の険しい顔が赤也を射抜いた。

赤也はそれを全て受け止めていた。

「副部長…俺はまだ、柳先輩が好きっス。
でも今の俺にはそんなこという資格はない。
だから、もっと自分を鍛えるっス。そして、いつか副部長と直接対決したい。
そしたら…今よりも前に行けそうな気がする…」

赤也は真剣な表情だった。

赤也と真田は静かにお互いの顔を見つめていた。

「ふっ
成長したな、赤也。
俺も、お前と対決できる日を楽しみにしている。
だが、蓮ニに手を出すことは許さん!それだけだ」

真田はそっと、赤也の頭を撫でた。

滅多に見れないその行動に赤也は戸惑っている。

柳は笑みをこぼしていた。

そして、赤也は一礼して、外へ飛び出した。

そこには、二人だけの空間が知らずに出来上がっていた。

「弦一郎…俺はお前を裏切った。この傷が罪の証だ」

柳はシャツをめくると、真田に傷を見せた。

それは赤也が残した傷。まだ、不完全なままの状態で、それは残っていた。

「蓮ニ、お前は裏切ってなどいない。俺の方こそ、何も知らなかった」

田はその傷にそっと、触れる。柳が顔を歪ませる。

「お前には苦しい思いをさせたな」

真田はその傷にそっと、唇を落とし、まだ乾かない傷へと舌を這わせた。

痛みが柳を襲ったが、それは痛みの後にくる甘美な感覚と混ざり合い、柳の思考を奪っていく。

「う…ン、弦一郎…お前だけだ」

真田は柳をがっしりと抱きしめている。

それでも傷への愛撫はやめようとはしなかった。

「蓮ニ…もう離れない。何があろうと、お前と共に生きたい…」


――お前の罪も。罰も
。この傷も。お前の全てを・・受け止めてやる――


真田は痛みで苦しむ柳の顔を覗き込むと、そのままその唇を塞いだ。

――弦一郎…お前さえいれば俺は何もいらない
――


パターンA おわり